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人間再発見スタア : 1975(S50)9月号:44歳
人間再発見
追跡1週間!
天知茂に人情とやさしさをみた・・・

酒に強く、女にモテ、ニヒルでクールといえば、天知茂のあの顔が浮かんでくる。当年四十四歳。中年の渋さが、このところグーンとました感じだが、はたしてその実像はいかがなものか。

素顔の“会田刑事”は、よく笑った。破顔一笑――というヤツである。
ここ、東京・練馬の東映撮影所。
ご存じ『非情のライセンス』のセット。
ワンカット終えるたびに、サウナ風呂もかくやの、暑い暑いセットから外へ出てきては、そのつどそのつどひと息いれる天知茂。
――たいへんですね?
「いえ、商売ですから……」
と、ややニガ笑い。
第一印象は、案に相違して、人当たりがいい。この日の朝、九州・小倉から羽田へ。そして、この撮影現場へ。もう午後三時過ぎだというのに、昼食も取っていないという。
「食事は、日に四回から五回。胃が強くないもんですから……。何回かに分けて食べる習慣が、ついたんでしょうね。食べられる時は、体調がいい時です。その代わり、食べられなくなったら、ダウン寸前ですよ」
と、例のバリトンで、歯切れのよい話し方をする。
「決して、食い道楽じゃありませんね。ラーメンでもなんでも、その時の状況で食べるんです」
――性格は?
「新しがり屋で、ナニワブシ……、東映調そのものでして。ワッハッハッハ……」
爽やかなる破顔一笑。営業笑いなんて、不誠実なシロモノじゃなく、サマになってる。絵になってる。
新東宝のニューフェース時代から、彼を知るベテラン記者たちは、「人柄がいい、感じがいい、撮影スタッフの受けもいい」と、ハンで押したように証言した。
画面では隠されたその笑顔に、刑事・会田健の“人柄”を見た。

ここに、彼の人柄を示すエピソードがある。
今年三月、東京に住む小学校一年生の少年が、新学期を目前に、ダンプカーにひかれて死亡した。その直後、少年の祖母が天知茂のプロダクション(アマチ・プロゼ)に電話をかけて哀願してきた。
「賢治(少年の名前)は天知さんのファンで、『非情のライセンス』をいつも見ていた。番組の最後に歌う『昭和ブルース』を聞いてから眠っていました。ご無理を承知で、孫のためにお線香を……どうぞ……」
これを聞いた天知茂は、撮影スケジュールを変更して、賢治くんの葬式に出向き、線香とともに、ポートレートとサイン色紙を贈ったという。
その写真と色紙は、賢治くんといっしょに納棺された。
「葬式では言葉がなかった。オバアチャンが『昭和ブルース』の歌詞を知っていて、“生まれた時が悪いのか……”――のとおりです、って泣いていってましたよ。交通事故は公害といえば公害でしょうし、賢治くんの死も新聞の片隅に小さく載っていただけですが、人間が死ぬ、ということに恐れを感じます。ちょっとした注意を怠ったことが、人の死を招くんですね」
“天知茂イコール会田刑事”という人柄を鮮やかに物語る話である。
これをヒントに、天知自身が初演出した『非情のライセンス・やさしい兇悪』は、七月三日に放映された。
「新聞にものらない小さな出来事も、これから、やってみたいですね」

アマチ・プロゼの北町嘉朗さんはいう。
「神経が細かく、気のつく人です。ウチの事務所には、八人いますが、そのうち三人が天知さんに仲人になってもらってます。とにかく、他人の面倒をよくみますし、人との付き合いが長く続く人ですネ。やさしさのある半面、仕事好きで、とことん研究しなくては、気がすまない性質です。それだけに、撮影スタッフを大事にするので、スタッフ連中も熱の入れ方が違って、作品にも好影響を与えるんですね」
仕事の鬼――“会田刑事”も、やっぱりそうだ。このあたり、虚像と実像との区別がつけにくい。

天知茂が個人としての臼井登(本名)に返るはずの家庭でも、友人たちと話すことといえば、仕事オンリー。アルコール類は、まったく口にせず、もっぱらコーラを飲みながら、夜中の二時、三時までが普通の“超マジメ人間”だ。
そのマジメ人間が一度ダウンして、セットの警視庁特捜部の部屋で、出番待ちの間、小道具のソファにひっくり返っている“会田刑事”を目撃したことがあった。しかも、その光景、ドラマがハミ出し集団の特捜部という設定だから、なんとなく自然にみえたものである。
俳優とは不思議なものだ。

高2の娘と腕を組んで散歩

天知茂・本名、臼井登。昭和六年、名古屋市東区山口町生まれの四十四歳。四人兄弟の四男坊。

母親(八十七歳)が芸事が好きで、小さい頃からいっしょに、映画館通いをしていたのが、現在の天知茂をつくる下地になっていた。
「家中、みんなアラカン(嵐寛寿郎)さんの大ファンだったんです。後に、ぼくが新東宝に入った時、アラカンさんと共演できた時は感激でしたね」
夫人とは、新東宝ニューフェースの同期生同士。高島忠夫、久保菜穂子、三原葉子などといっしょだった。一男(小学校六年生)一女(高校二年生)の父親。
「たまに家にいる時は、なにもしないでゴロゴロしているだけですね。家族中がそろってゆっくりするのは、正月ぐらいでしょう。子供の教育でもなんでも、いっさい女房まかせですね。ぼくはモノグサですから……」
最近、長女と連れ立って自由ヶ丘を散歩したところ、
「娘のヤツ、腕を組んでくるんですよ。ま、これは父娘だからなんでもないんですけど、これを見た連中が、天知茂はいい年をして、若い娘と歩いてた、なんていわれましたが……よく考えてみれば、私服でハイヒールはけば、背もぼくとあまり変わらないし、百恵チャン(山口百恵)や淳子チャン(桜田淳子)と同じ年なんでしてね」
眉を下げて、うれしそうに笑った。
「女房が、けっこう小うるさくいってるし、そのうえ、ぼくが干渉したんじゃ萎縮しちゃうと思うので……。将来なにになるのかは、これも本人の意思しだい、第一、ぼく自身がそうだったし……」
と、子供の受験勉強のほうは夫人まかせ。
家庭では、典型的な宵っぱりの朝寝坊。仕事で朝起こされても二、三十分はグズグズしているという。

ゴルフ、マージャン、みんなダメ

ところで、天知茂は無趣味のお手本、だとも聞いた。なるほど、
「だいたい、モノグサなんでしょうね。それに時間もないし、ゴルフやマージャンでも、それの練習期間にまず、耐えられませんので……」
と、きたから徹底したもの。
「楽しいとも思わないし、キザのように聞こえるかもしれませんけど、好きで自分が選んだ職業ですから、いつも仕事のことを思い、考えて……これ以外のものとは、なにも結びつかないんですね」
アルコール類は体が受け付けず、バクチ、異性関係はましてのこと。タバコだけが例外で、ラークが日に六十本。
「コレクションというのも、別に……」
それなら、オシャレのほうはどうなのか。
「衣装も自分で選びますね。うるさいほうですかね。いまは、役柄(刑事)から考えて、紺系統のストライプが多いですよ」
よく、刑事に似つかわしくない服装だと、“会田刑事批判”を耳にするが、
「わかっています。でも、会田健という一人の刑事、人物像を自分なりに作ってみての結果なんでしてね。これは、続けますよ。別のケースでは“コロンボ”みたいなものもあって、当然でしょうし……」
警視庁で、オエラ方を前にした彼、
「こうして、実際に服装を拝見しますと、みなさん、なかなかのオシャレでいらっしゃる。これは、会田刑事としてもウカウカできません」
と、一席やった、というのである。
この“会田刑事”、ワイシャツだけはオーダーだが、あとは、バーゲン・セールで買い物もする。
「カネをかけなくても、オシャレはできるでしょう」
というのが、彼のオシャレの哲学だ。デパートなんかで、ネクタイを何本も見たうえで、気に入ったものを一本だけ買う。気に入らなければ、ぜったい買わない。
ミエを張らない、ということは勇気のいるものなのだ。

酒は飲めないがパーティー好き

おまけに、彼はパーティー好きである。下戸のくせに……と考えるのは、早トチリで、
「アルコールを飲まなくても、パーティーはパーティー。ぼくの場合、人との和をはかるのが目的ですから、飲みたい人は飲めばいいわけでしょう」
それも自宅へ招いての、ホーム・パーティーなのだ。
「手料理で客をもてなすのは、いいことでしょうし、だいいち、時間の制限がないから、いいですね」
そして天知茂は、カンカンガクガクと演技などの仕事論を闘わせるから、自然と夜が長くなるのだ。
天知茂は車が好きだ。ただし運転は、ほとんどしない。かつて居眠り運転で追突事故を起こしたことがあるからだ。たまにハンドルを握っても“超安全運転”がモットー。
だが、ほとんどは運転手まかせなのである。
「車の中は個室です。落ち着けて、しかも食事をし、本を読み、物を書き、眠り、化粧をし……と一石二鳥以上の効用があるのを知りましたね。運転して芝居するのでは、神経が休まる時がありませんからね」
なるほど、自家用車の中は、本がいっぱいだった。彼にとって、車もまた“仕事”の一部なのである。

カンニング・ペーパーで歌う『昭和ブルース』

このところ、天知茂即、“会田刑事”のイメージが強いが、一方、ここ数年、彼は年間三ヶ月のスケジュールを舞台に費やしている。ある意味では、その魅力のトリコになっているといっていいかもしれない。出身地・名古屋の御園座、東京・明治座公演が主だ。
「大衆演劇の楽屋、ある種の規律の中での生活――こういったものは、キチンとしていて気持ちがいいですね。いっしょに舞台やってる人たちとの付き合いは、長くなりますね。合宿生活のような連帯感、四十人からの人間が、いっしょに生活することの楽しさ、貴重さ……」
舞台には、手作りのよさがあって、これがたまらない、ともいった。
八月公演は明治座で『深川まつり』(成沢昌茂脚本・演出)と『新・大奥物語』(土橋成男作・演出)をやる。木暮実千代、柳永二郎、岩井友見らが共演する。祭りに賭ける男の生きざまを、大正時代の東京・深川を背景に描いたもの。
「四時間にわたって、客をクギ付けするためには……」というところから、彼の資料調べがはじまる。
「いろいろ読み比べて、それらの中から人物像の差をさがし出し、読み取って、その人物を正しく解釈する。これは役者の努めでしょうね」
では、天知自身、“俳優・天知茂”について、どう考えているのか。
「未知数の中に自分を置いて、うごめきながら、なにかをつかもうとするところかナ。マンネリを防ぐ意味でも……」
その天知、来年には初めての映画をプロデュースするという。八代目・首斬り朝右衛門をテーマに、高橋お伝との葛藤を描く予定で、いま、その監督をする成沢昌茂氏との話し合いも活発に行なわれている。
「カツドウ写真の手作りのよさ……原点にかえって映画を見つめ直そうと思いまして……同好の士にも集まってもらって、これはぜひ実現したいものです」
ATG系で、来年のゴールデン・ウィークを目ざして準備中である。
そこで、十一年間にわたって天知と親交のある成沢氏は、俳優・天知茂の変化をどう見ているか――。
「最近になって、受け身の芝居の巧さが出てきた。そしてもう一つは、突っ込んでいく芝居を、舞台で勉強してきたと思う。その呼吸をつかんだ、というのかナ。いまではテレビ、映画、舞台をハッキリ演じ分けている。特に、舞台俳優として、一昨年あたりから定着してきたし、三味線ひきなんかの二枚目の役どころに色気が出てきた。こうしたものは、煮つまった芸から出てくるものです。それと、なにも演技をしないようにみえている時に、えもいわれぬ味を出す役者になってきた。天知茂にホントの魅力が出てきたということでしょう」
映画出身の俳優は、舞台では初日から大芝居をやらかして、日が立つにつれて、だんだんハミ出す例が多い。彼の場合は、それが逆になる。つまり、引き出しで芝居をする俳優ではなくなったということだろう。“役に誠実に迫っていく人”なのである。
これは、大きな再発見であった。

去る六月二十一日、天知茂のレコード『昭和ブルース』三十万枚突破記念パーティーがあった。
「かなり、レコードを出してきたんですけど、歌のほうはダメかな?と思っていた時のヒットだけに、たいへんに嬉しいです。テレビの影響ですよ。『非情のライセンス』という、ドラマの中にとけこんだのもプラスでしたね」
今まで、歌の仕事、つまり歌謡ショーには、頼まれればスケジュールの都合がつき次第、出演するが、あまり積極的ではなかった。それが、最近では、歌にも関心を示しはじめるように変わってきたともいう。
埼玉県大宮市のあるキャバレーだった。『非情のライセンス』のテーマ音楽にのって、天知が登場する。とたんに「会田!」「会田サーン!」と、男女混声コーラス。
プログラムは『昭和ブルース』、『夜霧のブルース』、『人生の並木路』、『夜の銀狐』、『カスバの女』など。歌詞を書きこんだ小さなカンニング・ペーパーを見ながらの熱唱だった。
「わたしは俳優ですので、お客さんの前で歌をうたう機会は少ないのです。したがって、カンニングすることをご了承ください」
あの会田式のクール・タッチで、きっぱりといってのければ、また拍手……。
北海道では、最前列の男の客が、ステージの天知に握手を求めたが、なんと、これが本職の刑事だった――なんて、オカシナ話もあった。
歌の練習は、ほとんどしない。こうしたショーも、ブッツケ本番なのである。
ことほどさように、仕事の面でも、プライベートな面でも、なんらかの、かかわり合いを持つ男、それが天知茂なのである。[終]
文:佐藤泉

【写真キャプション】
・週4日は撮影するという『非情のライセンス』の打ち合わせ場面、共演の左とん平(中央)と永野靖忠監督(ストライプの紺スーツで腕組みをして、とん平さんの持ってるペーパーを覗いている)
・仕事場にも早変わりする天知茂のマイ・カー(後部座席で台本に目を通している。前にはスーツを4着ほど吊り下げてある)
・歌にも関心を持ち始めた天知茂(マイク片手にステージで歌っている。シャツがギラギラ生地)
・さすがのクール・ガイも強行軍でグッタリと・・・(右手をポケットに突っ込み、左手をアゴにあててソファーで靴はいたままお休み中。クール・ガイだがタフ・ガイではないからして)
・『非情のライセンス』洞爺湖ロケの合い間に、同じプロダクションの江波杏子に肩をもんでもらってゴキゲンな天知茂(洞爺湖の桟橋のところで、笑顔の江波さんにもみもみされてる派手なストライプのワイシャツの天っちゃん)

*表紙写真は咥えタバコで雨傘さして彼方を見ている比較的ラフな服装の天っちゃん(2枚目のLPのジャケットがこんな感じだったっけなあ)

*小見出し部分にもそれぞれ違った顔写真あり(笑ってるのとか、とうもろこしにかぶりついてるのとか)

*八代目・首斬り朝右衛門の映画、聞いたことがないのだが、実現しなかったのだろうか? ちなみに成沢昌茂さんは舞台の他、「魅せられた美女」(天っちゃんが二役で活躍する回)の脚本も井上監督と共同で書いている。

(2006年8月30日:資料提供・yayoiさま)
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