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天知茂の三つの顔 週刊TVガイド : 1964(S39)3月6日号:33歳
ヤクザくずれ/オッチョコチョイ/実直
三枚目開眼 天知茂の三つの顔

ひと目で悪役だとわかる男――天知茂。女をなぐり、人を殺し、麻薬をはこんで十数年。その彼がいま前非を悔いて?三枚目に転向。“愛される天知茂”を目指している。人気もあがり、スタッフの評判もよろしい。そして彼を知る人たちはいう。「これで天知ちゃんは“三つの顔”をもつ男になったな」と。

にらみをきかす男

第一の顔。
新東宝映画でおなじみの顔だ。マユの間に縦ジワを三本。口をひんまげてジロリ、とねめつける。NET「孤独の賭け」や日本テレビ「悪銭」(終了)などでもお目にかかる顔だ。
「孤独の賭け」のプロデューサーであるNETの片岡氏は天知茂のこの顔が大好き。
「天知茂の魅力の本質は、あくどいほどのバイタリティにある。いまのテレビタレントの間にもっとも不足しているのはそれだ。その意味で貴重な人だ」
また、こんどは天知茂主演で“廃墟の唇”を製作する。これは黒岩重吾原作だ。天知茂は黒岩重吾の作品のファンで、全部そろえて読んでいるそうだが、黒岩重吾も天知茂のファンだそうだ。
天知―黒岩コンビ。まことにうってつけである。ほかに「脂のしたたり」という作品もあった。そして、こんな天知の役柄は新東宝入社のときから決まったようなものだった。

昭和二十六年。新東宝ニューフェースに合格。同期生には高島忠夫、久保菜穂子、三原葉子らと、もう一人。あとで登場する“大切な人”がいた。
その高島忠夫が語るエピソード。
――新東宝のニューフェース面接試験で、天知ちゃんをみた磯部演技部長が「あいつは共産党員じゃないのか。目つきが悪いぞ」といったそうです――
<なにしろ十三年も前のことだ。多少のアナクロニズムはごかんべん>
以来、新東宝では「にらみをきかせて入社した男」として評判だったという。

大部屋生活三年。天知は昭和二十九年に、「恐怖のカービン銃」でデビューした。題名の通り、ギャング役である。それに成功したため、いつとはなく天知の役柄は決まってしまった。「女王蜂の逆襲」、「スター毒殺事件」、「非常線」、「暗黒街のなんとか・・・」。
「なまじ、ギャングもので当ったのが不幸のはじまりですが、よくもまあ、あんな映画ばかり作ったものですねえ」
と天知は自嘲の表情をみせる。
入社からざっと十年間、新東宝の解散までに百数十本もとりまくった作品の大半が、こうした“悪役”ばかりだった。

しかし、自嘲ばかりしている必要もない。スゴ味が身上の“第一の顔”にカックンときているファンたちは粋筋やホステスに多い。
新橋の粋どころの間で、最近評判になったスターたちは、石原裕次郎のあとが、「悪名」シリーズで売り出した大映の田宮二郎。そしていまは天知茂が“絶対的”である。
新橋で売れっ子の、あやめ姐さんも熱烈なファンの一人。
「天知っていいわね。あのニヒルなところ、インテリくさくって、ヤクザっぽくって、人のよさそうなところもあって……。インテリくずれって言葉があるけれど、天知のはそうじゃない、逆なのよ。ヤクザくずれってとこかな……」といった調子だ。

“第一の顔”からでてくる声は「鶴田浩二とフランク永井の中間」(片岡プロデューサー)要するに“男の声”である。その声を生かして、グラモホンからレコードも近くでる。「廃墟の唇」と「星のない夜のブルース」の二曲。
ゴルフ芸者があらわれるご時勢だ。あやめ姐さんもきっと「星のない夜のブルース」を口笛でやらかすことだろう。

うなぎのぼりの人気“鬼吉”

第二の顔。
これは“目下売り出し中”だ。
フジテレビ「虎の子作戦」の“シャネル”や、同「次郎長三国志」の“鬼吉”役でみせてくれる。
「次郎長三国志」で、桶屋の鬼吉役に天知茂を起用したいと、吉田央ディレクターがいったとき、スタッフの人たちはみんな首をかしげた。
喧嘩場で次郎長が「みんな気をつけろ」といったら、「合点だ」といきなり“火”をつけたといわれるほどのあわて者。気が短くって、喧嘩早くって、お人好しのオッチョコチョイ――これが鬼吉という男だ。
首をかしげたスタッフの脳裡には“インテリくずれのニヒルな悪役”のイメージが、天知茂の名前をきいたとたんに浮かんだのだ。
だが、天知茂には心外なことなのだ。
「新東宝時代から、わりにコミカルな役はやっていたんですが、なにしろ斜陽の会社だったので、みてくれた人が少なくて、あまり知られていないのです」
こういって口をゆがめた。
このことは吉田ディレクターも知っていた。「天知茂は二枚目と三枚目の中間だという人もいたが、わたしは思い切って三枚目役で起用してみた。幸い本人も三枚目役で行ってみたいという希望をもっていたので、うまくはなしがまとまった」といっている。

そして、この配役は成功のようだ。
NETの広渡ディレクターは「天知茂はうまくなった。立派な三枚目役者だ」とほめているし、TBSの宮武ディレクターも「天知の鬼吉役は掘り出しものだった」とうなづいている。
とはいえ、鬼吉役は非常にむつかしい。
「次郎長三国志」の役柄は大きく二つに分けられる。次郎長(安井昌二)や大政(名和宏)らは重厚で、どっしりと貫ろくのある役どころ。一方の子分たちは喧嘩早くて、ほぼいちようにオッチョコチョイだ。配役も、たとえば綱五郎は大辻伺郎、森の石松はミッキー・カーチスといったところ。まずだれもがうなづける“三枚目”。
安井昌二グループと、一方で張りあいながら、一方ではデビューから“三枚目”で売りだした大辻伺郎たちの間で、独特の軽妙さとオッチョコチョイの味をださねばならないのだから、スタッフが首をかしげるほど、イメージのちがう天知茂にとって、これは難題である。

では、思いっきり派手に、ドタバタで……とはだれしも気づくことだが、どっこい吉田ディレクターはクギを一本、ガチンとかました。
「天知さん。軽妙な演技というのはふざけろってことじゃない。真面目な演技で人を笑わせるコツを研究してください」と。
天知茂はいう。
「吉田さんのはなしはもっともです。本当の面白さはドタバタじゃない。役者は一見、真面目に演じている。しかし観客にはそれがおかしい、といった芝居でなければだめだと思います」と。
“天知鬼吉”の成功には、もちろん努力がいった。
「三匹の侍」とともに「次郎長三国志」の殺陣をうけもっている湯浅謙太郎氏は、
「天知さんですか。努力する人ですねえ。殺陣の覚えは早いし、ひと口にいって、殺陣のつけ甲斐がある人だといえるでしょう。“次郎長三国志”は、ごらんのようにそうそうたる俳優さんがズラリと並んでいますが、そのなかでも天知さんはピカリと光る面をもっていますね。三枚目役といっても、味のある芝居をする人ですよ」といっている。
努力もあったが「生まれつき、チャメッ気ももっているようだ」という人がいる。
「孤独の賭け」で共演した小川真由美の天知評は
「大ざっぱな野生的な面と、都会的なものがミックスされている感じ。それでいて案外と、チャメッ気もあるわね」だ。

「あなたの趣味は」と、インタビューできいてみたら、「趣味はなにもない。NETの片岡プロデューサーにきいてごらんなさい」と答えた。片岡氏によると、「無趣味のようだが、実はジャズレコードを部屋いっぱい集めている。あるとき“このシーンはアート・ブレイキーの感じでいきましょう”といったことがあるくらいだから、相当なジャズファンだと思うね」とのこと。
そのレコード趣味を、天知茂はひとこともいわなかった。これもチャメッ気の証拠になるだろう。
「廃墟の唇」で“低音”をきかせる天知茂は「虎の子作戦」や「次郎長三国志」では奇妙な黄色い声をだす。見事な使いわけだ。
高島忠夫はいう。
「天知ちゃんは“眼技”を使いますね。ジロリとやる目の使い方がうまい」と。
ところが「次郎長三国志」では大辻伺郎の向こうをはって、大いに口をとがらす。首をふる。“顔技”とでもいうか、熱演である。
そして天知はいう。
「最近のファンレターは、はっきりと二通りある。“孤独の賭け”のファンはそのことばかり。そして“次郎長……”のファンは“虎の子……”のこともあわせて書いてくるけれども、“孤独……”のことは全然、ふれてない」と。

第四番目はパパの顔?

第三の顔。
これは“素顔”のはずなのだが、さっぱりとらえにくい。
高島忠夫は「役と実生活とを完全に分けている人です。実生活は真面目で平凡……」
湯浅謙太郎氏は「静かな人ですねえ。苦労人ですよ」
片岡プロデューサーは「遅刻はしない。マナーはよい。酒はのまない。生活は実にきちんとした人だ」
野川由美子(“孤独の賭け”で共演)は「とても親切な人。なんでも気軽に教えてくれる」
ざっとこんなところである。周囲のみる目はほとんど一致している。
当の本人は「当り前じゃないですか。ぼくはいろんなことをコチャコチャやれる性格じゃないのです。世渡りが下手だと、人にいわれるけれど、上手にやろうとしてもやれるはずがないし、世渡り上手になろうとも思いません」

本名臼井登。昭和六年三月四日、名古屋市のタクシー会社社長の家に生まれた。男ばかりの末っ子。三男。母が映画好きだったので、ヨチヨチ歩きのころから手をひかれて映画館通い。「無声映画の楽隊や弁士の姿をおぼろげながら覚えています」という。
映画俳優への道はこのころの経験が素地になった。

東邦商業高校を卒業。次兄が営むカメラ機材店を手伝っているうちに、新東宝のニューフェース募集を知った。
「審査員に香川京子さんがいました。きれいな人だなあ、と思いました」
こういって、照れた。“女には弱い”という。浮気はしない。色っぽいゴシップのまったくない人だ。
「注意している」そうだ。ここにも細心で真面目な性格がチラリ。
ニューフェースの同期生だった純代さんと結婚。昭和三十一年。「俳優稼業のウラもオモテも、だいたい判っている女房ですからね。ごまかしはきかん」とニヤリ。もちろん恋愛時代もあったのだろうが、「女房も名古屋の出身で、なんとなく親しくなったためですよ」と、さりげない。

昭和三十六年。新東宝が解散したとき、天知茂は“俳優クラブ会長”だった。
就任は解散の三ヶ月前。経営は悪化していたし、解散は必至とみられていた。「ていのいい残務整理係だったわけですね」ときいたら「まあ結果的にはそうだったが、あのときは、新東宝の最後をみとどけたい。こんな気持ちも少しはあったのです。あのときはあのときで、一生懸命やったから、それなりの意味もあった」と、目を遠くへはしらす。
高倉みゆき、小畑絹子、御木本伸介、宇津井健、沼田曜一ら、みんな一緒に苦労した仲間だ。
しかし「いま会っても、あのころのはなしはでません」という。苦い思い出にふれたくないのは人情。
俳優クラブの仕事は、待遇改善を要求する労組側と会社との間をうまく納めること。だが、実際はあっちこっちをウロウロするだけに終わってしまった。
「われわれの希望は、要するに“いい映画を作ろうではないか”ということだったのです。だから経済的なものはぬきにして、なんとか円満にまとめようとしたのだが……」
“闘争”が激化すると、こんな抽象的な要求はふっ飛ばされてしまう。努力の甲斐もなく、解散の破目になった。

実直で善意の人。
第三の顔の表情はどうやらこんなところらしい。
二児の父。これまで東京と大阪をいったりきたり。「大阪にいったついでに、子供の顔をみる、といった生活だった。変則的で、子供にもうしわけないといつも思っていた」そうだ。
「虎の子作戦」の撮影終了をまって、近く東京へ引越す。楽しそうだった。
これは“第四の顔”だろうか。[終]

【写真キャプション】
・定評のある“悪役”から“善意の人”になる天知茂(タバコを持った左手をアゴにあてた右の横顔。スーツ姿)
・「孤独の賭け」で小川真由美と (椅子に腰掛けて二人で会話中。目じりちょっと下がり気味)
・「次郎長三国志」天知茂と安井昌二 (首に手ぬぐい、上半身脱いでサラシ&褌姿)
・「次郎長…」では鬼吉になった (よからぬことを考えていそうな狡猾な表情の鬼吉さん)
・フジテレビ「包丁」の一場面 (捻り鉢巻きというよりもこじゃれた帽子を被っているような様相の職人さん)
・「虎の子作戦」(若原雅夫さんとのツーショット。シャレた帽子&スーツの“シャネル”が急須を持ってお茶を注いでいるの図)

*「女をなぐり、人を殺し、麻薬をはこんで十数年。」のくだりからウケまくった記事。今となっては“目下売り出し中”の三枚目の顔を堪能できないのは残念だ(70年代で手放しちゃってるしなあ)

(2006年12月21日:資料提供・naveraさま)
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